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岡山地方裁判所 昭和39年(行ウ)7号 判決 1968年10月09日

原告 永光照一

被告 広島国税局長 外一名

訴訟代理人 山田二郎 外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一、被告広島国税局長に対する請求について

原告は、被告広島国税局長に対し、同被告がなした審査請求棄却の裁決(重加算税決定処分を取消した部分を除く)の取消を求めているが、その理由とするところは裁決が違法な原処分である被告西大寺税務署長の異議申立後の更正決定を正当として認容したものであつて取消されるべきであるというのであり、結局原処分の違法のみを理由とすることに帰着する。

そして、行政事件訴訟法一〇条二項によると、処分の取消の訴とその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴とを提起することができる場合には、原処分の違法は原処分の取消の訴においてのみ主張することができるとされ、原処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消の訴においては裁決に国有の瑕疵のみを主張すべきであつて、原処分の違法の理由として取消を求めることはできないとされている。このようないわゆる原処分中心主義が採用された目的は、原処分を取消す旨の確定判決が関係行政庁をも拘束するため(同法三三条一項)、原処分により違法に権利又は利益を侵害された者は、違法事由を同じくする限り、原処分の取消を求めれば足りることとし、裁決取消の場合の違法事由を制限し判断の牴触を避けるためである。

そして所得税法はいわゆる裁決主義を採つていないから、本件更正決定に関しては、その処分の取消とその処分についての審査請求棄却の裁決の取消のいずれの訴をも提起できる場合に該当するところ、原告の被告広島国税局長に対する本件裁決取消の訴は、原処分の違法のみを理由として主張し、裁決の手続上の違法等裁決固有の違法について何ら主張しないから、原告の右請求は主張自体理由がなく棄却を免れない。

なお、原告は裁決の理由の誤りは裁決固有の瑕疵であると主張するが、審査請求棄却の裁決の理由が原処分のそれと異なつているかもしくは客観的に誤つているとしても、結局原処分を正当として維持した点において異なるところがなく、判断の抵触を避けようとした前記法条の趣旨にてらし、原告の右主張は採用できない。

第二、被告西大寺税務署長に対する請求について

一、原告が昭和三八年四月八日付でなした被告西大寺税務署長の昭和三四年分所得税の更正ならびに重加算税の決定に対する異議申立に対し、同被告は昭和三九年三月一〇日付をもつて原告が昭和三四年一二月二二日本件物件を訴外株式会社竹中工務店に売却した対価収入について原告に譲渡所得が一、三八四万二、〇九五円あると認定し、原更正処分の一部を取消したうえ、原告の同年分の所得税額の更正決定をなし、その旨を原告に通知したこと、右売買について同被告主張の額の譲渡所得の存在すること、および本件物件が右売却当時登記簿上原告の所有名義であつたことは当事者間に争いがない。

本件における争点は、本件譲渡所得の実質的帰属者が原告であるか、それとももと原告の妻であつた綾子であるかの点にある。

そして、一般にこの所得の帰属の判定にあたつては、事実上の所得の帰属関係を重視すべきではあるが、そのためにはまずもつて、譲渡物件の法律上の所有関係を究明することが必要である。そこで、まず本件物件の所有者が原告であるかそれとも綾子であるかの点について判断する。

二、被告西大寺税務署長主張前記第三、の三、の(1) 、(2) 、(3) 、(4) 、(6) の各事実、すなわち原告は本件物件を昭和二〇年六月一日家督相続により取得したが、その後綾子との協議離婚(昭和二七年一〇月八日)を経て本件物件を竹中工務店へ売却するに至るまで原告所有名義であつたこと、本件物件に関する離婚による復氏に伴う登記名義人の表示更正および変更登記、売買契約、代金受領、起弥、加藤修、同浪尾およびその他の居住者等に対する立退交渉、譲渡所得の申告等すべて原告自ら行つたことは当事者間に争いがない。

右の諸事実は、原告が名実ともに本件物件の所有者であつたことを裏付けるに足りる極めて有力な資料といわなければならない。

しかし、原告は本件物件が実質的には綾子の所有であつたことについて、前記の如く原告と綾子の離婚に伴う本件物件の帰属に関する三回の約定や加藤家の特殊な内部事情等を挙げて、これを主張するので以下この点について検討する。

三、<証拠省略>によると次の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は右各証拠にてらし信用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告は綾子との協議離婚届出に先だち、昭和二七年七月三日および同年一〇月七日の二回にわたり、加藤家および綾子の代理人で原告の後をうけて加藤館の経営にあたることになつた起弥(綾子の姉)との間で、本件物件を含む財産分与問題について協議し、いわゆる手切金として現金三〇〇万円および生活上必要な寝具衣類等を原告の取分とする以外は、その他の財産はすべて綾子の取分とするが、原告が既に支払をうけた二〇〇万円を除いた残金一〇〇万円は同年一〇月末日を期限とし、支払完了の折は本件物件の登記名義を原告より綾子もしくは綾子の長男である加藤修名義に移転することなどを内容とする契約を締結した。

(2)  しかし、当時加藤家の財政は逼迫していたため、その後残金一〇〇万円が支払われないまま数年間が経過した。おりから都市計画による本件建物移転の必要が生じ、本件物件買受の申込があつたりしたので、原告は昭和三三年六月二日訴外西田敬介弁護士のすすめで綾子と交渉の結果、原告において本件物件を任意他に売却処分し、その売却代金中より原告は残金一〇〇万円を取り、残額を綾子に交付することなどを内容とする契約を締結したが、その際起弥に対しては何の連絡ないし交渉もなされなかつた。

(3)  右契約に基づいて、原告は前記の如く本件物件を竹中工務店へ売却し、その売却代金合計四、〇一四万円を五回にわたり自ら或は原告の代理人として西田弁護士が受領したが、右代金の受領と併行して起弥に対しては二、〇〇〇万円、綾子、加藤修、同浪尾に対しては各一五〇万円を本件物件の建物よりの立退料として交付し、右金員は右売却代金もしくは原告が神戸市より受領した建物移転補償金二、一〇〇万五、七〇〇円の中から支払われた。これらは一切原告またはその代理人西田弁護士によつてなされたが、その間綾子はほとんど相談にもあずからず、精しい事後報告を受けていない。

(4)  原告は、昭和三五年一月一七日本件物件中の建物について訴外東京海上火災株式会社と保険金額一、〇〇〇万円の火災保険契約を締結し、保険料三八、一〇〇円を同会社へ支払つた。

右各認定事実のうち、離婚に伴う第一回および第二回の財産分配契約を形式的にみれば、原告は本件物件に対する所有権をその契約当時既に失つていると解しうる余地も全くないわけではないが、むしろ右契約は実質的には、原告がいわゆる手切金三〇〇万円の支払を加藤家に対して確保するために、その支払完了まで本件物件に対する原告の所有権を留保する趣旨であつたと解するのが相当である。そして右契約後本件物件の売却に至るまでの原告の前記各行動は、まさに原告がなお本件物件の所有者であることを窺わせるに十分なものといわなければならない。なるほど、<証拠省略>によれば、加藤家側では二〇〇万円支払完了の際、本件物件の所有名義を同家の跡取りである加藤修に切り替える予定でいたところ、同家の財政逼迫のため名義移転に要する費用のめどが立たず、不本意ながら原告に名義を預けた形になつたことおよび原告が同家を去つた後程なく起弥と綾子は不和となり、綾子は修と共に加藤館を出て付近の藤村咲枝方で生活するようになつたことが認められるが、原告の主張するように本件物件を当初の契約どおり綾子もしくは修の名義とするのは起弥に加藤館を乗取られる危険があるから、綾子の方より自発的に原告名義のまま処分するよう懇請したことについては、原告本人尋問の結果以外にはこれを認めるに足りる証拠がなく、むしろ証人加藤綾子の証書と弁論の全趣旨によれば、原告は機会ある毎に本件物件の所有名義が原告にあることを強調しつつ残金一〇〇万円をすみやかに支払うよう加藤家側に督促し、本件物件の売却処分も残金一〇〇万円の支払をなかなか得られないことに焦慮した原告が綾子に対して積極的に働きかけた結果実現したものであることが認められるので、右事実に照らすと右原告本人尋問の結果はたやすく信用することができない。

以上の次第で、本件物件売却当時本件の所有権はいまだ原告に残つていて、綾子に移つていなかつたと認めるのが相当である。

四、一般に不動産売買における所得は売主である所有者に帰属するのが普通であるが、常に必ずそうなるとはかぎらないので、さらに本件売却代金の事実上の行方を検討し、その所得の実質的帰属を判断する。

<証拠省略>によると、原告は本件修正確定申告および本件更正決定に対する異議申立にあたり、本件物件の譲渡所得が自己に帰属することを前提とし支出経費の認定を争つていたが、審査請求の段階で始めて従来の主張を改め、自己が譲渡所得の実質的帰属者でないことを主張するに至つたことが認められる。このように自ら譲渡所得の申告をした者が審査請求の段階で申告の撤回を申立てるような場合に、しかも、前記三に認定したように、被告税務署長において、原告が形式的のみならず実質的にも、本件譲渡物件の所有者であることの一応の立証を尽した以上、原告は一旦受領した前記売買代金の行方を明らかにし、それが現実に自己の所得として帰属していないことを具体的に証明しないかぎり、右所得が実質的に原告に帰属していると認められてもやむをえないということができる。

そして、本件売買代金四、〇一四万円のほか神戸市よりの立退補償金から、本件家屋よりの立退料として、加藤起弥に二、〇〇〇万円、加藤綾子、修、浪尾に各一五〇万円位を交付していることは前記三の(3) で認定したとおりであり、原告本人尋問の結果によると、そのほか原告において、綾子との前示契約により取得しうべき残金一〇〇万円および寸借名義で二〇〇万円(ただし綾子には無断で)合計三〇〇万円を取得したことが認められる。さらに<証拠省略>によれば、本件物件売却当時加藤館は、法人税等の国税、固定資産税等の地方税の滞納、訴外株式会社兵庫相互銀行、同七福相互銀行からの担保付借入金、加藤館所在の敷地の五割以上を所有する訴外大西甚一平に対する借地料の滞納など可成りの額の清算を要する負債ならびに関係居住者に支払を要する立退料等が存在し、売却代金等から支払にあてられた事実が認められるが、その計算関係は一切不明であり、そのほか右売買代金の使途ないし行方を認めるに足る証拠はない。

以上のとおりであつて、原告は所有者綾子に代つて代金を受領し各種の支払にあたり残額を同人に交付したというのであるから、単に綾子が実質的所有者であることを主張立証するにとどまらず、進んで本件物件の売却代金の収支計算を明らかにし、その所得が実際に綾子に帰属したことを具体的に主張立証すべきである。しかるに、原告はこれらの点について何ら具体的説明をなさず、その立証によつては、代金中約半ばを占めると思われる部分の使途ないし行方が不明である以上、右売却代金を受領した原告に売却による所得が帰属しているものと解さざるを得ない。

五、そうすると、本件物件の売却による譲渡所得一、三八四万二、〇九五円が原告に帰属するものとしてなされた被告西大寺税務署長の本件更正処分には違法がなく、原告の本訴請求は理由がない。

よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 五十部一夫 金田智行 大沼容之)

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